遷延性意識障害事案の問題点(定期金賠償)
1 将来の介護費用
遷延性意識障害事案の定期金賠償の問題点については、まず、その前提知識となる「将来の介護費用」から説明いたします。
遷延性意識障害事案のような、介護を要する重度の後遺障害事案の場合、将来にわたり、交通事故被害者の介護が必要になります。
そして、かかる介護を、介護業者に依頼する場合、費用がかかります。また、交通事故被害者の近親者が介護をする場合、近親者の肉体的、精神的な負担となります。
そこで、交通事故の重度後遺障害事案における裁判実務では、このような費用や負担を、将来の介護費用として、被害者の損害と認めています。
詳しくは、「将来の介護費用(重度後遺障害事案)」をご覧ください。
2 遷延性意識障害事案の定期金賠償の問題
(1)問題点
ア | 遷延性意識障害患者の、将来の介護費用 |
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交通事故の損害賠償請求事件において、加害者側の被害者に対する損害賠償の方法は、「将来の介護費用」などの将来にわたる損害についても、通常、一時金賠償(現時点での一括払いによる賠償)がなされています。 しかし、特に、遷延性意識障害患者の、将来の介護費用について、定期金賠償(定期的な支払いによる賠償)が妥当なのではないかとの提案がなされています。 以下、説明いたします。 |
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イ | 遷延性意識障害患者の余命認定の問題と、後遺障害を負った被害者が死亡した場合の問題 |
まず、遷延性意識障害患者の場合、その余命年数について、一般人の平均余命年数と考えるべきか、それとも、一般人の平均余命年数まで生存する蓋然性が低いという統計もあることから、それよりも短縮して考えるべきかという問題があります。 詳しくは、「遷延性意識障害事案の問題点(余命認定、生活費控除)」をご覧ください。 さらに、後遺障害を負った被害者が死亡した場合の、将来の介護費用について、最高裁判例は、死亡時までの分に限られると判断しています。 詳しくは、「後遺障害を負った被害者が死亡した場合(後遺障害による逸失利益、将来の介護費用)」をご覧ください。 そうすると、遷延性意識障害患者の場合、一般人の平均余命年数まで生存することを前提に、「将来の介護費用」が一時金賠償されたが、実際には、1年後に、死亡して、加害者側がそれ以降の「将来の介護費用」を支払わなくてもよかったという事態も考えられ、特に、遷延性意識障害患者の、将来の介護費用については、将来の不確定要素が大きいところがあります。 |
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ウ | 中間利息控除の問題 |
他方、将来の介護費用が一時金賠償される場合、中間利息控除の問題があります。 中間利息控除は、金銭は通常利息が発生するものであることから、将来取得予定の金銭を、現在の金銭価値に引き直す場合に用いられるものです。 そして、将来の介護費用の場合も、将来にわたって介護費用が発生しその損害が賠償されることになりますが、他方、損害賠償は、通常、現時点で一括払いされますので、将来取得予定の金銭を、現在の金銭価値に引き直す必要があり、その間の中間利息を控除すべきとの考えに基づきます。 そして、交通事故の後遺障害事案における裁判実務では、原則として、年5%のライプニッツ係数(複利計算)が採用されています。 しかし、現在のような、低金利の状況が長期間続いている状況を考えると、実際には、年5%の複利で資産を運用することは極めて困難といえますので、年5%のライプニッツ係数(複利計算)で中間利息控除された一時金の賠償は、交通事故被害者に極めて不利であると考えられます。 |
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エ | まとめ |
以上のように、一時金賠償は、様々な法的擬制がなされて金額が計算されていますが、特に、遷延性意識障害患者の、将来の介護費用については、将来の不確定要素が大きいことから、定期金賠償が妥当なのではないかとの提案がなされているのです。 |
(2) 交通事故の重度後遺障害事案の裁判実務の運用
しかし、定期金賠償の場合も、加害者側の任意保険会社が、将来的に、経営破綻したときに、履行がなされなくなる可能性があるという問題点など様々な問題点がありますので、交通事故の後遺障害事案における裁判実務では、定期金賠償での解決は、少ない状況です。
但し、近時、定期金賠償を命じる判決も下されている状況です