後遺障害を負った被害者が死亡した場合(後遺障害による逸失利益、将来の介護費用)
1 後遺障害を負った被害者が死亡した場合の、後遺障害による逸失利益
(1) 問題点
後遺障害を負った交通事故被害者が死亡した場合、後遺障害による逸失利益は、死亡時までの分に限られるのかが問題となります。
この点、逸失利益とは、被害者が、仮に、交通事故による後遺障害がなければ、得られたであろう利益のことをいいます。
詳しくは、「後遺障害による逸失利益」をご覧ください。
そうすると、交通事故被害者が死亡した場合、それ以降の逸失利益が生じる余地はありませんので、逸失利益は、死亡時までの分に限られるとも考えられます。
(2)最高裁判例~最高裁平成8年4月25日判決(貝採事件判決)など
しかし、最高裁平成8年4月25日判決は、交通事故により後遺障害(後遺障害等級12級)を負った被害者が、海でリハビリテーションを兼ねた貝採り中に、水難事故に遭い死亡した事案で、逸失利益は、原則として、死亡時までの分に限られないと判断しています。
また、最高裁平成8年5月31日判決も、同様の判断をしています。
最高裁判決は、その理由として、「賠償義務を負担する者がその義務の一部を免れ、他方、被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのは衡平の理念に反する」点を挙げています。
2 後遺障害を負った被害者が死亡した場合の、将来の介護費用
(1)問題点
脳損傷や脊髄損傷(頸髄損傷・頚髄損傷など)による、遷延性意識障害、重度の高次脳機能障害、重度の麻痺(四肢麻痺、片麻痺、対麻痺)等の、介護を要する重度の後遺障害事案における、将来の介護費用も、逸失利益と同様、将来にわたる損害です。
詳しくは、「将来の介護費用(重度後遺障害事案)」をご覧ください。
交通事故被害者が死亡した場合、それ以降の将来の介護費用が生じる余地はありませんので、逸失利益の場合と同様の問題が生じます。
(2)最高裁判例~最高裁平成11年12月20日判決(介護費用事件判決)
この点、最高裁平成11年12月20日判決は、将来の介護費用は、死亡時までの分に限られると判断しています。
最高裁判決は、その理由として、「介護費用の賠償は、被害者において現実に支出すべき費用を補てんするものであり、判決において将来の介護費用の支払を命ずるのは、引き続き被害者の介護を必要とする蓋然性が認められるからにほかならない。ところが、被害者が死亡すれば、その時点以降の介護は不要となるのであるから、もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく、その費用をなお加害者に負担させることは、被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり、かえって衡平の理念に反することになる」点を挙げています。
3 最高裁判例の結論の違いについて
この点、(1)逸失利益とは、被害者が、仮に、交通事故による後遺障害がなければ、得られたであろう利益(消極損害)のことをいいます。そして、これは、遺族の扶養利益の実質を備えるものといえます。
これに対して、(2)将来の介護費用は、将来にわたる、介護業者に依頼する場合の費用や、交通事故被害者の近親者の介護の負担に対する対価(積極損害)です。そして、これは、被害者が現実に支出すべき費用の前払いの実質を備えるものといえます。
このような逸失利益と将来の介護費用の実質の違いから、最高裁判決は、(1)交通事故被害者が事故後たまたま死亡したことにより、加害者が、遺族の扶養利益の実質を備える逸失利益の支払義務を免れ、交通事故被害者やその遺族が損害の賠償を受けることができなくなるのは、妥当ではないと考える一方、(2)交通事故被害者が事故後死亡したのにもかかわらず、交通事故被害者やその遺族が、被害者が現実に支出すべき費用の前払いの実質を備える将来の介護費用の賠償を受けることができるとするのは、妥当ではないと考えていると思われます。